食売場におけるデジタル接客と対面接客のどちらが客の心をつかむのかの場面ごとの見比べ

デジタル接客と対面接客という二つの構え

売場を訪れた客を迎え入れる接客のかたちは、店員が客と直に顔を突き合わせる昔ながらの対面と、画面や端末を介して間接的に応じるデジタルという、その性格の大きく異なる二つの構えへと、いままさに静かに分かれつつあります。

そのどちらか一方だけがつねに正しく、もう一方はすっかり時代遅れなのだと頭ごなしに決めつけてしまうような論じ方は、それぞれが本来そなえている持ち味をみすみす取りこぼしてしまい、売場にとってかえって損な選択に、なりかねません。

手際よく正確に事を運んでいくことにかけては群を抜くデジタル接客と、客のわずかな機微をくみ取って心にそっと寄り添うことにかけて長けた対面接客とは、そもそも得意としている領域が、はじめからくっきりと食い違っています。

百貨店の食のフロアには、先を急いで定番の品だけを手早く買い求めたい客もいれば、大切な相手へ贈る品をたっぷり時間をかけて選び抜きたい客もいて、そこで求められる応対の質は、客の数だけあるといってよいほど、けっして一様ではありません。

性格の大きく異なるこの二つの接客を、単純な優劣ではなく役割の違いとして横に並べ、それぞれがいったいどのような場面で最も力を発揮するのかを丹念に見比べていくと、売場が取るべき構えのおおよその輪郭が、しだいにくっきりと浮かび上がってきます。

両者をどちらか一方に軍配を上げるべき対立するものとして裁いてしまうのではなく、それぞれの持ち味の違いをしっかりと見極めたうえで場面ごとに巧みに使い分けていく視点こそが、これからの売場運営を足元から支える確かな土台になると、私は考えています。

そもそも客が売場へ求めているものは、応対の速さと丁寧さのどちらか一方に偏ったものではなく、その両方をちょうどよい塩梅で受け取ることであり、二つの接客はまさにそのために互いを補い合う、切り離せない対の関係にあるのだと言えます。

手際で勝るデジタル接客の土俵

あらかじめ答えのはっきり決まっている問いや、たどるべき手順がきちんと定まっているやり取りにおいては、画面を介したデジタル接客が、対面での応対をはるかにしのぐ、確かで安定した手際を発揮してくれます。

品の産地や賞味の期限、そこに含まれている原材料といった動かしようのない事実を知りたいだけの客にとっては、端末の画面を自らの指先でたどって調べていくほうが、わざわざ店員を呼び止めて順番を待つよりも、はるかに速く求める答えへ辿り着けます。

どうしても人手が薄くなりがちな朝の早い時間や夜の遅い時間、あるいは客が一度にどっと押し寄せてくる繁忙の山場においても、デジタルの応対は疲れも気分の偏りもいっさい見せることなく、つねに同じ質の情報を淡々と客へ差し出し続けてくれます。

何度も何度も同じ問いに答えていく手間や、長く伸びた会計の列を黙々とさばいていく負担を機械の側が引き受けてくれれば、店員は自らの限られた力を、人でなければとうてい務まらない込み入った応対のほうへと、心置きなく存分に振り向けられます。

品をすっかり選び終えた客が、あとの支払いまでを自分自身の手で手早く済ませられる仕組みは、いたずらに待たされるという煩わしさを根こそぎ取り除いてくれるため、とりわけ先を急いでいる客にとっては、何よりありがたい心配りとして受け止められます。

こうしたいくつもの定型の応対を思いきって機械へ委ねていく売場のdxは、接客全体の質を下げてしまうどころか、かえって人の手を本当に必要とされる要所へ集めるための土台として働き、対面ならではの温かな価値を、いっそう際立たせて引き立ててくれます。

こうしてデジタルが黙々と引き受けてくれる領域が広がっていくほど、皮肉なことに人の手が本当に必要とされる場面のほうがくっきりと際立ってきて、機械の充実がかえって、対面接客のかけがえのない値打ちを浮かび上がらせてくれます。

心をつかむ対面接客の強み

いったいどの品を選べばよいのかを決めあぐね、心のうちに迷いや不安をそっと抱えている客を目の前にしたとき、わずかな機微をくみ取りながら言葉を選べる対面の接客は、画面には決して真似のできない確かな力を、はっきりと見せてくれます。

贈り物としてふさわしい品を探し求めている客は、贈る相手の顔ぶれやその場の格、さらには許される予算といった込み入った事情をいくつも抱えており、それらを丁寧に汲み取りながら一緒になって品を絞り込んでくれる相談相手を、何よりも強く必要としています。

その日の客の顔色やふとした口ぶりから胸のうちの迷いをそっと察し取り、けっして押しつけにならない絶妙な間合いで一品を差し出すという繊細な呼吸は、あらかじめ筋書きの決められている画面のやり取りには、そうたやすく置き換えられるものではありません。

見慣れない珍しい食材のこまやかな扱い方や、それを日々の家庭の食事にどう無理なく取り入れればよいのかといった問いに対しても、店員は目の前の客の暮らしぶりをあれこれ想像しながら、その人だけに宛てた助言を、その場で丁寧に紡ぎ出すことができます。

味見のひと口をそっと勧め、それを口にした客の表情を注意深くうかがいながら次の一手を選んでいくといった、五感と呼吸をまるごと伴うやり取りは、対面ならではの確かな温もりを帯び、買うというありふれた行為そのものを、豊かな体験へと変えていきます。

迷いのことのほか深い客や、心をじんわりと動かされて初めてようやく財布を開くような客に真に寄り添えるのは、やはり血の通った人の手による接客であり、まさにそこにこそ、売場があえて人を置き続けていく確かな理由が宿っていると言えます。

しかも、こうした心のこもった一度きりの応対は、その客の記憶のなかに長く温かく残り、また同じ店員に相談したいという思いを静かに生んで、売場と客とを幾度も結び直していく、確かな縁の糸口になっていきます。

場面ごとに引く使い分けの線引き

二つの接客のうち、いったいどちらを前面に立てて客を迎えるべきなのかは、その客がそもそも何を求めて売場へ足を運んできたのかという来店の目的を、まず丁寧に見極めるところから、おのずと自然に定まってきます。

買うべき品がすでに頭の中ではっきりと決まっていて、あとはただ手早く受け取って帰りたいと考えているだけの客に対しては、余計な声かけをあえて控えめにし、自ら進められるデジタルの経路をそっと用意しておくことが、かえって行き届いた親切というものです。

それとは反対に、いったい何を選べばよいのかを決めかねて迷いながら売場をあてもなくさまよっている客に対しては、ちょうどよい頃合いを見計らって店員がそっと歩み寄り、対面の相談へと自然に導いてやることが、購入へ向けた確かな後押しになります。

売場で扱っている品そのものの性質もまた線引きの有力な手がかりになり、日々の惣菜や定番の品では何よりも手際を優先し、贈答の品や値の張る品にはあえて人の目利きを添えるという振り分けが、現場でごく無理なく成り立っていきます。

その日の時間帯によっても最もふさわしい構えは刻々と移り変わっていくもので、客がどっと押し寄せる山場では手際を重んじて機械の力を大いに借り、客足の落ち着いた穏やかな時間帯には対面の相談へ人の手を厚く振り向けると、全体の釣り合いがうまく取れます。

来店の目的と扱う品の性質と、そしてその日の時間帯という三つの物差しを幾重にも重ね合わせながら構えを選び分けていけば、けっして潤沢とは言えない限られた人手を無駄なく生かしつつ、どの客に対してもふさわしい応対を、過不足なく届けられるようになります。

むろん、この線引きは一度きっちり引いてそれで終わりというものではなく、目の前の客の様子や売場の混み具合を見ながらそのつど柔らかく引き直していくものであり、まさにそこにこそ、現場に立つ者の細やかな目配りと判断が生きてきます。

二つの接客を継ぎ合わせる工夫

この二つの接客は、そもそもどちらか一方をきっぱり選んで他方をあっさり切り捨ててしまうような性質のものではなく、一人の客の一連の買い物のなかで滑らかに継ぎ合わせていってこそ、それぞれの持ち味が最も生き生きと立ち上がってきます。

来店したばかりの客が、まずは手元の端末で気になる品の候補をざっと手早く絞り込み、そのうえでどうしても迷いの残る肝心の一点だけを店員にじっくり相談するという流れは、双方の長所を無駄なくつなぎ合わせた、ひとつのわかりやすい好例だと言えます。

先立つデジタルの応対を通じて、その客の好みやこれまでの買い物の傾向をあらかじめしっかりと掴んでおけば、あとから対面へと移った店員は、たとえ初対面の客が相手であっても、その求めを外さない的確な助言を、すぐさま差し出せるようになります。

機械が定型のやり取りと会計の処理を黙々とさばいて生み出してくれたわずかなゆとりを、店員が迷い悩む客への行き届いた丁寧な相談へと惜しみなく注ぎ込んでいくという配分こそが、二つの接客を巧みに継ぎ合わせていく工夫の、まさに核心にほかなりません。

百貨店がじつに長い年月をかけて丹念に磨き上げてきた、客一人ひとりの求めに細やかに寄り添う対面の作法は、デジタルの鮮やかな手際と背中合わせに丁寧に組み合わさることによって、これまで以上にきめ細やかな応対として、いっそう美しく花開いていきます。

とりわけ大切になるのは、いったいどこで機械から人の手へ、あるいは反対に人から機械へと応対のバトンを手渡すのかというその継ぎ目を丁寧に設計し、客がそこに生じる小さな段差をふと感じ取ってしまわないよう、細心の注意を払って滑らかにつないでいく気配りだと言えます。

こうして機械と人とがなめらかに手を携えて働く売場では、客はどの場面でも心地よさだけをすんなりと受け取り、その裏側で二つの接客が巧みに継ぎ合わされていることになど、ついぞ気づかないまま満ち足りて帰っていくものです。

まとめ

手際において群を抜くデジタルと、客の心を確かにつかむ対面とは、たがいに優劣を競い合う相手なのではなく、それぞれ得意の領域を分け持つ頼もしい相棒どうしとして捉え直したそのときにこそ、両者の本当の真価が、はっきりと見えてきます。

動かぬ事実を手早く知りたい客や先を急ぐ客、そして客がどっと混み合う忙しい時間帯には機械ならではの手際が存分に生き、いっぽうで選びあぐねて迷う客や大切な贈り物を選ぶ客、心を動かされて買う客には、やはり人の温もりが欠かせません。

来店の目的と扱う品の性質と、その日の時間帯という三つの物差しで構えをこまやかに選び分け、一人の客の買い物のなかで機械と人とを滑らかに継ぎ合わせていけば、けっして潤沢でない限られた人手でも、どの客にふさわしい応対も確かに届けられます。

いったいどこで応対のバトンを手渡すのかというその継ぎ目を丁寧に設計し、客がそこに生じる小さな段差をふと感じ取ってしまわないよう滑らかにつないでいく気配りこそが、対立しがちな二つの接客を、実り豊かな協働へと変えていく確かな鍵になります。

手際と温もりのそのどちらか一方へ偏ってしまうのではなく、両者を目の前の場面に応じて自在に使い分けていく確かな構えを備えた売場こそが、これからの食のフロアで客の厚い信頼を長く保ち続けていけるのだと、私はいまあらためて考えています。

応対の速さと心の温もりのそのどちらもを同時に求める客の切実な期待にしっかりと応えるべく、性格の異なる二つの接客を柔らかく編み合わせていく工夫を粘り強く積み重ねていくことこそ、これからの食のフロアに静かに課された、やりがいのある宿題だと言えます。

結局のところ、問われているのはどちらの接客を選ぶのかということではなく、目の前の客にとっての心地よさをいかに丁寧に組み立てていくのかということであり、その答えは、二つの接客を対立ではなく協働として捉える構えの中にこそあります。